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突然ですが、「ビジネスモデル特許」という言葉を耳にしたことはありますか?
ビジネスモデル特許という言葉は、実際のビジネスの場面や我々弁理士がクライアントと打ち合わせをする際にもよく登場する言葉です。
このビジネスモデル特許という言葉のイメージから、ビジネスの方法や仕組みそのものについて取れる特許があると勘違いされることも多いのですが、実はそのようなものではありません。
ビジネスモデル特許とは何なのか、どのような発明であればビジネスモデル特許となるのか、以下で詳しくご説明をさせて頂きます。
ビジネスモデル特許とは
上記の通り、ビジネスモデル特許という言葉は実際のビジネスにおいてもよく登場する言葉です。
このように「ビジネスモデル特許」という言葉は、一般的に広く普及している言葉ではありますが、実は特許の分野において「ビジネスモデル特許」という分類やカテゴリーは存在しないのです。
従って、ビジネスモデル特許に対して特許出願をすれば何か特別な制度や利益があるというわけではありません。
例えば特許庁では、「ビジネス方法がICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を利用して実現された発明」のことを「ビジネス関連発明」と呼んでいます。
そして、販売管理や、生産管理に関する画期的なアイデアを思いついたとしても、アイデアそのものは特許の保護対象になりません。
ビジネスモデル特許という言葉の印象から、ビジネスの方法や仕組みそのものについて特許が取れそうな感じですが、ビジネスモデルそのものについて特許を取得することはできないのです。
一方、そうしたアイデアがICT(情報通信技術)を利用して実現された発明は、ビジネス関連発明として特許の保護対象になり得ます。
つまり、我々がよく耳にする「ビジネスモデル特許」とは、「ビジネス方法がICT(情報通信技術)を利用して実現されたビジネス関連発明についての特許」を意味しています。
ビジネスモデル特許の始まりについて
ここで、ビジネスモデル特許の始まりについてご説明をさせて頂きます。
ビジネスモデル特許が注目されるきっかけとなったのは、米国における判決、具体的には1998年7月米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が出した「ステート・ストリート・バンク事件」に対する判決であると言えるでしょう。
この事件は、ある金融サービスを提供するビジネス方法の特許について、特許法の保護対象となるべきものではないとして特許無効が争われたものです。
従来は、米国においてビジネスモデル方法を内容とする発明は特許の対象とはならないと考えられていました。
しかしながら、この判決では、「ビジネス方法であるからといって直ちに特許にならないとは言えない」ということが判示されました。
判例法主義を尊重する米国において、ビジネス方法は特許の対象とはならないという従来の確立された考え方が否定されたことが極めて重要であったため、この判決によってビジネスモデルの発明が注目されることとなりました。
ビジネスモデル特許の具体例について
それでは、ビジネスモデル特許と呼ばれる発明のイメージをご理解頂くために、日本で実際に特許として認められたビジネスモデル特許の具体例をいくつかご紹介させて頂きます。
マピオン特許(特許第2756483号)
このシステムでは、広告主(広告依頼者)が、広告情報とその広告情報を表示したい地図上の位置を指定し、広告情報と地図情報とが関連づけられるようにしてあらかじめ登録を行います。
そして、広告を見たい人(広告受給者)が、地図を選択すると、地図上の所定位置にアイコンが表示されます。このアイコンを選択すると、広告主の広告情報が表示されます。
上記左図面中の「MC」がマウスカーソルです。
広告を見たい人がマウスカーソルMCで〇〇デパートを選択することで、右図のように〇〇デパートに関する広告情報等が表示されます。
本発明(広告情報の供給方法)によれば、広告依頼者は簡単な操作のみで広告情報を登録することができ、且つ、広告受給者についても簡単な操作のみで広告情報を得ることができます。
また、本発明では、広告内容の変更を容易に行うことができます。
このように、広告ビジネスモデルに利用されるコンピュータの処理について特許が取得されています。
なお、実際には、特許請求の範囲に記載された以下の内容(文言)について特許が認められています(以下に記載された全ての文言を満たすシステム等が本特許の権利範囲となります)。
【請求項1】
コンピュータシステムにより広告情報の供給を行なう広告情報の供給方法において、
広告依頼者に対しては、
広告情報の入力を促す一方、予め記憶された地図情報に基づいて地図を表示して、当該地図上において広告対象物の位置指定を促す段階と、
前記地図上において位置指定された広告対象物の座標を、入力された広告情報と関連づけて逐一記憶する段階とを備える一方、
広告受給者に対しては、前記地図情報に基づく地図を表示するとともに、当該地図上の地点であって、記憶された広告対象物の座標に相当する地点に、図像化した当該広告対象物を表示して、所望する広告対象物の選択を促す段階と、
選択された広告対象物に関連づけられた広告情報を読み出す段階と、
読み出された広告情報を、前記広告受給者に対して出力する段階とを備えることを特徴とする広告情報の供給方法。
ワンクリック特許(特許第4959817号)
従来ですと、ECサイトなどで商品を購入する場合、例えば購入ボタンをクリックすると、送付先住所や支払い方法の入力が必要であり、これらの情報が入力されてはじめて決済が完了します。
ほとんどの場合は送付先住所や支払い方法に変更がないにも関わらず、ユーザは再度住所等を入力(または確認)する必要があり、この作業はユーザにとって非常に煩わしいものです。
そこでこの特許では、ECサイトにおいてワンクリックで商品を購入できるようにし、すなわち、あらかじめ支払い情報と送付先住所を登録することで、ボタンをクリックするだけでショッピングカートなどの画面を経ずに注文できるので、ユーザの利便性を各段に向上させることができます。
具体的には特許請求の範囲に記載された以下の内容(文言)について特許が認められています。
【請求項1】
アイテムを注文するためのクライアント・システムにおける方法であって、
前記クライアント・システムのクライアント識別子を、前記クライアント・システムのコンピュータによりサーバ・システムから受信すること、
前記クライアント・システムで前記クライアント識別子を永続的にストアすること、
複数のアイテムの各々のアイテムについて、
前記アイテムを特定する情報と、前記特定されたアイテムを注文するのに実行すべきシングル・アクションの指示部分とを、前記クライアント・システムのディスプレイに表示することであって、前記シングル・アクションは、前記特定のアイテムの注文を完成させるために前記クライアント・システムに要求される唯一のアクションであり、前記クライアント・システムに対して前記シングル・アクションの実行に続いて前記注文の確認を要求しないこと、および
前記シングル・アクションが実行されることに応答して、前記特定されたアイテムの注文要求と前記クライアント識別子とを、前記サーバ・システムに送信することであって、前記注文要求は、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アクション注文要求であり、前記クライアント識別子は、ユーザのアカウント情報を特定することを備え、
前記サーバ・システムが、前記シングル・アクションによって示されたシングル・アク
ション注文要求と、前記クライアント識別子に関連付けられた1または複数の以前のシングル・アクション注文要求とを組み合わせ、1つの注文に結合することを特徴とする方法。
逆オークション特許(特許第4803852号)
これは、通常のオークションとは手順が逆転した仕組み(アイデア)です。
従来ですと、販売側が最低価格を提示し、買い手側がオークションに参加し、1番高い価格を提示した人が購入できる権利を得るというものでした。
一方で本発明の条件付購入申込管理システムでは、商品の購入希望者(買い手側)が希望する購入価格等を、仲介業者が販売業者(販売側)に提示し、購入価格等の提示を受けた販売業者が実際に取引したい価格を示すことで売買を行うという仕組みです。
つまり、本システムは、購入希望者に対して複数の販売業者が価格提示を行う逆オークションに利用されるコンピュータの処理に関する発明です(本特許では、例えば航空券などの売買について開示されています)。
このように、逆オークションのアイデアについてICT(情報通信技術)を利用して実現する仕組みがビジネスモデル特許として成立しています。
なお、少し長い文言ですが、特許請求の範囲に記載された以下の内容(文言)について特許が認められています。
【請求項1】
顧客がアクセス可能なウェブページを提供するウェブサーバーと、
商品又は役務の複数の売主から少なくとも一つの売主の条件と最低承諾可能価格とを特定する売主の在庫及び価格付け情報とプログラムを格納する記憶装置と、
前記ウェブサーバー及び前記記憶装置と通信するプロセッサと、
を有するシステムであって、
前記プロセッサは前記プログラムにより動作し、
前記プロセッサは、前記ウェブページを利用する顧客から前記商品又は役務の対象の選択を前記ウェブページを介して受け取り、
前記プロセッサは、前記対象に対応する前記商品又は役務を購入するために前記ウェブページを利用する前記顧客から、少なくとも一つの顧客の条件と申込価格を特定する条件付購入申込を前記ウェブページを介して受け取り、
前記プロセッサは、前記条件付購入申込が承諾されれば前記商品又は役務に対する支払いをする際に使用される金融口座を特定する支払識別子を受け取り、
前記プロセッサは、所定期間内に前記顧客が提出した前記条件付購入申込の数が前記所定期間内に提出可能な条件付購入申込の数を満足しているかどうかを判断し、前記条件付購入申込の数が前記所定期間内に提出可能な条件付購入申込の数を満足していない場合には前記条件付購入申込の受領を拒否し、前記条件付購入申込の数が前記所定期間内に提出可能な条件付購入申込の数を満足していると判断した場合には前記条件付購入申込が承諾可能であるかどうかを、売主の身元を前記顧客に秘密にした状態で、前記少なくとも一つの
顧客の条件が前記一つの売主の条件を満足し、かつ、前記申込価格が前記最低承諾可能価
格以上であるかどうかを判断することによって、判断し、
前記プロセッサは、前記条件付購入申込が承諾可能であると判断すれば、前記ウェブサー
バーを通じて前記条件付購入申込に対する承諾を前記顧客に提供し、前記支払識別子を利
用して前記商品又は役務の支払いのために前記金融口座に課金し、前記金融口座への課金
に基づいて前記商品又は役務の支払いを前記売主にすることによって前記顧客を前記商品
又は役務を購入するように拘束することを特徴とするシステム。
ビジネスモデル特許の取得を検討する際にチェックしておきたいポイント
ビジネスモデル特許の取得を検討する際は、ITを用いたビジネスモデルについて情報の流れに注目し、その情報がどのように処理されているのかを検討してみると良いかもしれません。
例えば、ある目的を達成するために、コンピュータによる処理(全体の処理又は一部の処理)が特徴的なものであれば、その特徴についてビジネスモデル特許を取得できる可能性があります。
但し、実際のところ、そのビジネス方法(ビジネスモデル)のシステムを開発した人でさえ、一般的には当該システムにおける情報処理について特徴のある部分を見つけることは困難であると言えます。
しかし、ビジネス方法が新しければ、なんらかの不都合を解消し、特有の利便性などを実現していることが多いです。
このような場合には、課題を抽出し、ITで解決できるかどうか検討できる可能性があります。
すなわち、課題を解決するための処理は、従来にない課題に対処するための処理であることが多いため、これらの処理は何らかの特徴を有している可能性が高くなります。
従って、この課題を解決するための処理に着目することが、ビジネスモデル特許の取得を検討する際のポイントになります。
記事執筆者
みなとみらい特許事務所
弁理士 長谷川 隆治