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日本企業の事業展開において、今はまだ国内だけだが、今後、同様の商品の販売又は役務(サービス)の提供について、海外進出の予定があるという場合、商標登録をせずに海外でビジネスを進めた場合には色々なリスクが想定されます。
よって、海外でビジネスを進める際には、進出先の国において商標登録をしておくことが重要になります。
今回は、なぜ海外での商標権の取得が大切なのか、海外での商標権の取得方法、さらに、各国特有の制度について、解説します。
海外での商標権の取得が重要な理由について
自社の業務を安全・安心に行うため
まず、海外に限ったことではなく、日本でも同様のことではありますが、商標を使用して、商品の販売又は役務(サービス)の提供を行っていたところ、他社から、商標権侵害を指摘されて、商品の販売又は役務(サービス)の提供を中止せざるを得なくなったり、商標ラベルを張り替えなければならなくなったりするのでは、業務に支障が生じます。
また、場合によっては、損害賠償を支払う事態にもなります。
そのため、進出先の「国ごとに」商標登録をしておくことは重要です。
特に、アジア地域は、距離的に近いこと、今後、持続的な人口増加、高い経済成長率を見込めることから、このようなリスクを回避するために、商標権を取得することは重要です。
他社に先取りされないため
次に、海外での場合、悪意の第三者に、自社の商標が先取りされていることがあります。
これは、日本でいう、単に、先願者、先登録者がいるという場合と異なり、日本企業の商標を、他国で登録していないことを奇貨として、先取りしてしまうのです。
そして、日本企業がいざ出願すると、重要な商標が、のきなみ悪意の第三者に取得されているのです。
海外の中では、中国、香港、台湾、ベトナム等でそのような事態が多く見受けられます。
この場合、日本企業が、商標を取得するには、(仕方なく)高額の対価を支払って悪意の第三者から譲渡を受けたり、その登録を取消す(下記に記載の不使用取消審判)ために、法外な費用を払ったりする必要があります。
そのため、事業が軌道にのって、海外進出の目途がたってから、進出先の国で商標登録をしようとする計画では、遅いのです。
これら悪意の第三者の目的は、後に、日本の企業に高額で商標権を譲渡する場合もあれば、同種の業務を当該国で開始してしまう場合もあります。
この場合は、日本企業と何らかの関連があると誤認されたり、商品の品質・役務の質が悪い場合には、日本企業がいざ進出しようとしたときには、当該ブランドには、よろしくないイメージが付されていたりします。
また、当該国で製造された劣悪な商品が、他国に輸出された場合には、日本企業が何ら関与していないのに、会社のイメージが棄損されてしまいます。
これら悪意の第三者が、日本企業の商標を知る方法は、海外から日本特許庁の商標情報データベースにアクセスして情報を入手したり、日本企業が海外で、展示会・博覧会等に出品・出店した際に、その商標を知るケースが多いです。
よって、この先取りは、大企業の商標ばかりでなく、中小企業の商標も先取りされているのが現状です。
そのため、前もって、即ち、日本の出願情報が公開される前に、又は、展示会・博覧会等に出品・出店する前に、出願・登録することが望ましいです。
このように、前もって、出願・登録する場合の費用は、相応の費用です。
この相応の費用とて、海外展開が軌道にのるかわからないうちに、支出するのは決断がいります。
しかしながら、悪意の第三者に取得されてしまった後にとる対応の費用に比べたら、各段に低額です。
なお、商標は、特許と異なり、商品自体が権利侵害品となるわけではないので、ラベルやタグを張り替えて、他のネーミングに変更が可能であれば、リスクはそれほど高くはありません。
しかしながら、商品自体に商標を刻印して統一的に製造生産している場合、日本や既に登録を取得した他国と同じ商標で事業展開をする場合は、先取り問題は、特に注意を要します。
権利行使の前提として
模造品に自社の商標を使用された場合、当該国で商標登録を取得していれば、使用差止、税関登録による水際差止、場合によっては、商標権侵害を理由とする損害賠償請求を行う等により、自社のブランドの有効な保護を図ることができます。
自社と同じ商品をデッドコピーされると、売上を奪われたり、しかも、それが品質において自社商品より劣悪の場合、企業ブランドが棄損されるリスクもあります。
また、特許等の知財権利化の遅い国においては、特許による権利行使が難しいため、比較的早期に権利取得できる商標による権利行使(模倣品対策)ができる場合もあります。
この意味においても、商標の登録は重要となります。
なお、海外に、販売代理店をもっている場合、その販売代理店名義で商標を登録されてしまうと、状況の変化により、その販売代理店から権利行使を受ける場合もあります。
また、販売代理店名義で取得した商標と類似の商標を、日本企業が出願すると、販売代理店といっても、法人格として別であるため、他人とみなされ、日本企業名義の出願が拒絶されることがあります。
よって、自社で、商標登録の管理を行うことも重要です。
海外で商標登録をする方法について
原則として、各国が個別の商標制度を持っており、属地主義(その国の範囲でのみ保護されること)が採用されていることから、各国・地域ごとに商標取得が必要となります。
海外で商標登録をする方法には、以下の2つの方法があります。
何れの方法でも、商標登録の可否は各国の特許庁によって審査されます。
直接出願
まず、各国の特許庁へ、直接、商標登録出願を行う方法です。
大企業においては、昨今、日本の代理人を通さず、直接、海外代理人に依頼する場合もありますが、各国が個別の商標制度を持っていること、依頼には、通常、英語等の外国語でのやりとりが必要になることから、一般的には、出願人がまず、日本の特許事務所に依頼し→その特許事務所が、海外代理人に依頼して、出願するケースが多いです。
マドリッド協定議定書による国際出願(マドプロ出願)
日本の出願又は登録に基づいて、登録を希望する国を指定して複数国に一括して手続を行う方法です。
但し、指定できるのは、マドプロ条約に加盟している国に限られます。
加盟国は、徐々に増えており、いずれの国が加盟国になっているかを、特許庁の以下のサイトで確認できます。
https://www.jpo.go.jp/system/trademark/madrid/madopro_kamei.html
この出願方法は、願書を日本の特許庁(本国官庁という)に提出します。
海外出願であるのに、日本の特許庁に、願書を提出することができるので、魅力的です。
この出願方法の利点は、以下のとおりです。
ア) 経費の節減 出願時において、海外の代理人を通さないため、出願時の海外代理人費用を節約できる。
イ) 迅速な審査 各国の審査期間は、国際事務局が各国に行った指定の通知日から1年(若しくは18月)以内に制限されている。よって、最初の審査通知を取得するのに、目途をたてることができる。
ウ)事後指定 後日、権利取得を希望する国が増えた場合、当該国を後から指定できる。そして、後から追加した国も、同じ国際登録番号となるから、管理がしやすい。
エ)一括管理 存続期間は、各国ごとでなく、事後指定された国も含めて、国際登録日から一律10年で満了するから、一括管理が可能となる。
他方、デメリットとしては、出願段階では、基礎にした日本の出願について、商標が登録されていなくても出願できますが、最終的に、日本で商標が登録になることが必要であり、基礎出願又は基礎登録が、国際登録日から5年を経過する前に拒絶、無効等になった場合は、国際登録も基礎出願又は基礎登録の拒絶、無効等になった範囲内で取消となります(セントラルアタック)。
この場合、各指定国における国際登録を各国の国内出願に変更することができて、当初の国際登録日が出願日とみなされます。
但し、各国へ変更する際に、別途、費用が発生します。
また、デメリットというものではありませんが、マドプロ出願の特徴として、以下があります。
オ)同一の商標 出願できる商標は、基礎とした日本出願又は日本登録と同一の商標である。
よって、日本では、カタカナで出願したが、その同じ読みを英文字で出願したい場合でも、マドプロ出願は採用できない。英文字で直接出願をするか、又は、マドプロ出願をするために、再度、英文字の日本出願を行い、この出願を基礎にして、マドプロ出願をすることになる。
カ)同一又はその範囲内の商品・役務 出願できる商品・役務は、基礎出願又は基礎登録で指定している商品・役務と同一か、その範囲内となる。指定国ごとに商品・役務を変えることができるので、事前調査で、先行商標が発見された国では、当該商品・役務を除いて出願を行えば、無用な審査通知を回避できることになる。
キ)出願人又は名義人 出願人になれるのは、基礎とした日本出願又は登録と同じ名義人である。そのため、海外出願は、海外法人の名義で取得したい場合も、日本出願と同じ名義人で出願することになる。
どちらの出願方法を選択するか?
一般には、2か国2区分を超える商標出願をするときは、費用的に、マドプロ出願のメリットがあると言われています。
これは、マドプロ出願では、指定国が1か国でも、WIPO(国際事務局)に納付する基本手数料が発生するため、若干、割高になります。
しかしながら、将来的に、取得したい国が増える場合には、事後指定を活用できることから、最初は、1か国でも、マドプロ出願を採択するメリットがあります。
また、中国については、現在、マドプロ出願より、直接出願のほうが、審査期間が早いという状況があります。
権利行使を行う等、早期に権利取得の必要性がある場合は、中国だけを、マドプロ出願でなく、直接出願にするという選択肢もあります。
欧州に関する特記事項
上記いずれの出願方法でも、欧州について出願する場合、欧州連合の加盟国とは、以下27か国です(2022年6月現在)。
①アイルランド、②イタリア、③エストニア、④オーストリア、⑤オランダ、⑥キプロス、⑦ギリシャ、⑧クロアチア、⑨スウェーデン、⑩スペイン、⑪スロバキア、⑫スロベニア、⑬チェコ、⑭デンマーク、⑮ドイツ、⑯ハンガリー、⑰フィンランド、⑱フランス、⑲ブルガリア、⑳ベルギー、㉑ポーランド、㉒ポルトガル、㉓マルタ、㉔ラトビア、㉕リトアニア、㉖ルーマニア、㉗ルクセンブルク
他方、以下の国は「欧州連合」の非加盟国です。
アルバニア、ガーンジー、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スイス、イギリス、アイスランド、リヒテンシュタイン、モナコ、モルドバ、モンテネグロ、北マケドニア、ノルウェー、セルビア、ロシア、サンマリノ
「イギリス」は非加盟国で、北欧5か国(スウェーデン、 デンマーク、 フィンランド、アイスランド、ノルウェー、)では、「スウェーデン」「デンマーク」「フィンランド」は「欧州連合」の加盟国ですが「アイスランド」「ノルウェー」は非加盟国です。
海外における特殊事情について
商標の採択
日本で採択可能な商標も、海外ではNGの場合もあります。
詳細は、弊所所長の以下の【YouTube】動画をご参照いただければと思います。
【海外商標】グローバル企業必見!海外展開を見据えたネーミングのポイント
商品又は役務の指定
詳細は、改めてとしますが、米国や欧州では、包括的な記載、例えば、第12類「automobiles and their parts and fittings」(自動車並びにその部品及び附属品)にすると、不明確であるとの指令がかかります。
よって、無用な審査通知を回避するため、「their parts and fittings」(その部品及び附属品)について、出願時から「自動車用車輪、自動車用扉」のように、個別記載をする必要があります。
存続期間
日本では、商標権の存続期間は、登録日から10年で、登録日が、起算日となっています。
他方、海外では、出願日=登録日として、存続期間の起算点を、出願日からとする国もあります。
よって、海外の多数国において、商標登録を有する場合、更新期限を失念しないように、管理を特許事務所に依頼する、又は、社内の担当者を明確にする等、更新期限の管理をしっかり行う必要があります。
更新
上記、更新の際に、単に、費用を払って申請をすればよい国もあれば、使用主義の国では、使用証拠を添付した宣誓供述書の提出が必要な国もあります(米国、フィリピン、メキシコ等)。
例えば、米国では、商品についての商標の使用証拠と認められるには、商標が商品に付されている必要があります。登録された商標を漠然と使用していても、米国における「使用」概念の要件を満たさなければ、大切な商標について、使用証拠と認められず更新できない事態も生じてしまいます。
更新期限前に、しっかりと、米国代理人の見解を取得しながら、使用証拠を準備する必要があります。
不使用取消審判
登録商標を一定期間使用しない場合、登録が取消される制度です。
世界のほとんどの国が採用しています。
商標は使用することで信用が化体するのであり、使用しないならば、信用も化体しないし、必要な人に開放するとの制度です。
「一定期間」は、日本では3年ですが、海外では5年の国もあります。
立証責任について、日本では、不使用取消審判を請求された商標権者が、「使用している」ことについて立証責任を負いますが、海外では、不使用取消審判を請求する人が、「不使用」を立証する国もあります。
前述した、悪意の第三者が商標登録をした場合、一定期間、商標の使用をしていなければ、この「不使用取消審判」でその登録を取り消すことができる場合があります。
その他
日本の中小企業に対する意識調査では、今後の海外の事業進出予定国としてタイを挙げた企業がベトナムを挙げた企業に次いで多く、中国を上回っていることが分かりました。
タイへの日系企業の事業進出はこれまでも積極的に行われてきましたが、今後もより一層の事業進出・拡大が続くものと考えられます(「パテント2019 Vol.72 No.10」JETROバンコク事務所報告より)。
諸外国・地域等の制度概要については、特許庁の以下の情報をご参照下さい。
https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/mokuji.html
また、海外商標出願については、多額の費用を要することから、中小企業の戦略的な海外出願を促進するため、海外への事業展開等を計画している中小企業等に対して、海外出願にかかる費用の助成制度があります。
詳細については、特許庁の以下の情報をご参照下さい。
https://www.jpo.go.jp/support/chusho/shien_gaikokusyutugan.html
記事執筆者
みなとみらい特許事務所
弁理士 樋口 頼子