≪商標審査の方法・分離観察とは?≫

 

商標制度が『先願主義』を採用していることはご存知のとおりでしょう。

出願時点で、もし第三者の商標と同一または類似していることが確認されれば出願が却下されるため、出願にあたってはすでに登録されている商標の調査を欠かすことはできません。

ところが、少し頭を捻らせることができれば、登録されている既存の商標があったとしても「同一・類似ではない」と主張できるのではないかと考えてしまうケースもあります。

たとえば文字の一部分をカタカナからひらがなに変更したり、文字にすれば同じでもデザイン性を変更したりといった小賢しい方法でも「同一ではない」と主張することは可能でしょう。

 

そこで、商標を審査するサイドとなる特許庁では、出願された商標の全体像だけでなく、複数のパーツに分解して観察して類似性を判断します。

これが商標の「分離観察」です。

商品やサービスが多様化し星の数ほどのアイテムが流通している現代のマーケットでは、扱う商材によっては似通った商標になってしまうことも考えられます。

「一部だけを変更・追加すれば別の商標になる」のであれば、商標の大目的である識別力を失わせることになるため、商標の本質的な意義を担保するための分離観察が担う成果は非常に大きいものだといえるでしょう。

 

≪実例からみる分離観察の必要性≫

 

実際に分離観察によって商標侵害であるとジャッジされた商標について見ていきましょう。

 

分離観察について理解しやすい実例としては『和幸』のケースが挙げられます。

主商標は『和幸食堂』で、問題となったのは『とんかつ和幸』です。

 

和幸食堂ととんかつ和幸は、それだけを全体的に見れば全く別の商標にも見えます。

原則的にはこの考え方でも間違いではありません。

 

では、それぞれの商標をパーツに分離してみましょう。

和幸食堂は『和幸』と『食堂』に分離されて、とんかつ和幸は『とんかつ』と『和幸』に分離されることになります。

すると、それぞれに『和幸』が同一のものとなり、差別化されているのは『食堂』と『とんかつ』の部分だけです。

十分に差別化ができていると感じるかもしれませんが、食堂ととんかつはそれぞれが一般語であって、それだけでは識別力を持たないと解されています。

もしこの意味を理解するのが難しいと感じるのであれば、これから食事に出かけようとしていることをイメージしてみてください。

「食堂へ行こう」と言っても和幸食堂のことを指すわけではないし「とんかつを食べよう」と言ってもとんかつ和幸のことを指しているとも思えないはずです。

こう考えると両者を識別するのは『和幸』の部分となるわけですが、では和幸食堂ととんかつ和幸が並んでいたとすれば「和幸へ行こう」と言った場合にどちらを指しているのかが全く識別できないという事態に陥ってしまいます。

 

商品やサービスの商標は全体を一つとして構成されるものではありますが、消費者が常に商標の全体を呼称するわけではありません。

略称が定着することも一般的である以上は、商標をパーツに分解して評価しないとそれぞれが「商標として認められている」と主張することになり、消費者は両者を混同してしまうでしょう。

 

分離観察は、このように部分的な一致が発生して商標の登録を許してしまえば、商品やサービスの混同が起きてしまうことを防ぐ効果があるのです。

 

≪分離観察によって拒絶されないための留意点≫

 

分離観察の性質を理解しておけば、特許庁から拒絶を受けないための留意点が見えてきます。

 

まず「識別力を有しない用語を使用しない」ことです。

先の『和幸』のケースのように、食堂やとんかつなどの一般名称を付記したとしても、分離観察によって拒絶を受けやすくなります。

そのほか、場所・品質・原材料の名称などを付記しても、識別力なしと判断されてしまうため、避けるべきでしょう。

 

つぎに「広く認識された商標を含まない」ことも重要です。

全体としては全く別の商標であっても『JAL』や『ANA』などのような交通インフラとして広く認識されている商標を部分的にでも含んでいると、他人の登録商標と類似または同一として拒絶されやすくなります。

 

「識別力が強い部分が小さい」ことも分離観察によって拒絶を受けやすいので注意が必要です。

どんなに差別化を図っても、識別力が強い部分が小さく、識別力が弱い部分が大きいと、全体的に識別力がないと判断されやすくなります。

 

分離観察を乗り越えるには、識別力が強い部分を前面に押し出すことが必要です。

そのためには「この商標で特許庁の分離観察を乗り越えることができるだろうか?」という専門的な見識が必要となります。

商標出願は自力でも可能ですが、より確実に登録に至ることを目指し、なお以後に他者の商標を侵害する危険を回避するためには、弁理士への相談が最も有効でしょう。