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マドプロが便利でも、すべてのケースに向いているとは限らない
海外での商標出願を行う方法としては、現地代理人を通じて、その国の管轄官庁に直接出願する方法(「個別出願」や「ナショナルルート」ともいいます。)とWIPO(世界知的所有権機関)を通じて、一度の出願手続で複数国への商標出願が可能な「マドプロ出願(マドリッド協定議定書に基づく国際出願)」の2つがあります。
海外で商標保護を検討する際、多くの企業がまず検討するのが国内の商標登録又は出願を基礎とする「マドプロ出願(マドリッド協定議定書に基づく国際出願)」です。
たしかに、WIPOを通じて一括で複数国に出願できるこの制度は、コストや手続きの負担を抑えながら広範囲の保護を目指せる、非常に有効な仕組みです。
しかし、すべてのビジネスやすべての商標にとって「マドプロ=最適解」とは限りません。
むしろ、商品やサービスの性質、商標の使用方法、市場や海外の商標制度の特殊性などによっては、マドプロよりも各国に個別に出願する方が適しているケースも少なくないのです。
本記事では、特に企業担当者や中小スタートアップの経営者は知っておきたい「マドプロではなく、直接出願(個別出願)が推奨される代表的なケース」を紹介し、国際出願の方針を立てる際の実務的な視点をご紹介します。
なお、マドプロ出願の詳細については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、こちらも参照してみてください。
◆国際商標って必要?~海外展開を考える企業が押さえておくべき、外国での商標保護の基本~
◆【弁理士が解説】海外での商標権の取得について
マドプロ出願の基本と留意点
マドプロ出願は、国際事務局(WIPO)を通じて、複数の加盟国に商標出願ができる制度です。
費用の支払いや出願・更新・管理を一元化できる点が大きな利点です。
ただし、マドプロにはいくつかの制度的な前提と制約があります。たとえば、以下です。
- 出願の基礎となる本国商標登録(日本での商標出願又は登録)が必要
- 商標の表示(ロゴや色彩など)は、日本での出願と原則同一でなければならない
- マドプロ出願の指定商品・指定役務は、本国商標登録の指定商品・指定役務の範囲内でなければならない
- 出願対象はマドプロの加盟国に限られる(台湾、香港、マカオなどの一部の国又は地域は非加盟)
- 国際登録から5年以内に日本の基礎商標が失効または取り消された場合、マドプロ出願をした他国(指定国)でも自動的に商標権が消滅する「セントラルアタック」のリスクがある
これらの性質上、出願内容や実際の使用状況が国ごとに異なる場合には、マドプロが適さないケースも存在します。
直接出願が推奨されるケースとは?
以下では、実務上よく見られる「マドプロではなく、直接出願の方が望ましい主なケース」を5つご紹介します。
(1) 指定商品・役務が革新的・複雑である場合
テクノロジーやビジネスモデルの進化に伴い、近年ではAI関連サービスやプラットフォーム型ビジネス、Web3.0関連事業など、従来の分類に収まりきらないような商品・サービスについて商標出願を行うケースが増えています。
このような場合、日本で登録された指定商品・役務の表現をそのまま翻訳してマドプロ出願するだけでは、外国の制度や分類体系に合致しない可能性が高く、指定内容の過不足に起因する補正要求や登録に至っても権利不備が発生することがあります。
また、同じ「オンラインサービス」であっても、国ごとに認識される範囲や分類の切り方が異なるため、商標が実際に使われる商品・サービスと整合性のある指定を柔軟に組み立てることが重要です。
その他にも、商品やサービスの内容が複雑で一般的な商品・役務の記述でこれを表すことができない場合にも、国ごとの実務によって権利範囲の考え方などが異なることがあるため、無理やり日本での登録をそのまま同一内容の範囲内でマドプロ出願してしまうのは危険です。
これらのような場合には、各国の実務に通じた現地代理人の助言を受けながら、対象国ごとに最適化された出願内容で直接出願する方が、実態に即したスムーズな権利取得につながると言えるでしょう。
(2)商標の使用が現地語表記で行われる場合
日本では平仮名やカタカナ、漢字で商標を登録していても、実際の使用は現地語(アルファベット・中国語(簡体字)・タイ語・アラビア語などの表記)で行われるケースがあります。
マドプロでは日本出願商標を基礎とする同一の商標を出願することになるため、基礎登録の表記とは異なる現地語表記で使用される商標が保護の対象外となるおそれがあります。そのため、現地で使用される商標が異なる場合には、別途現地語表記の商標を個別に出願する方が、実態に即した保護が可能です。
(3)色彩の扱いが日本と異なる場合
日本の商標法では、同一構成の商標で色が異なる場合でも、原則色違いは同一商標とみなされる(日本国商標法第70条)ため、色違いの商標も保護されることとなります。
しかし、外国ではその国の商標法や実務によって取扱いが異なります。
たとえば、以下です。
- アメリカ・中国:白黒出願で全色カバーできるとされている
- 欧州(EUIPO):カラーの商標は白黒の商標に含まれないことがある
したがって、日本で登録している商標が特定のカラーでも、実際にはその他のカラーバリエーション(色違い)での使用もある場合、それを確実に保護したい場合には、現地実務に応じた態様や制度を利用して直接出願することが考えられます。
(4)新しいタイプの商標の出願や外国特有の商標制度を利用する場合
通常の文字商標やロゴ商標(図形商標、文字と図形の結合商標)とは異なる立体商標、音商標、ホログラム商標などの「新しいタイプの商標(非伝統的商標)」を出願する場合には、各国での制度運用の違いに特に注意が必要です。
日本では認められているタイプの商標でも、国によっては審査基準が厳しかったり、そもそもマドプロ出願の利用自体が認められていなかったりすることがあります。
また、マドプロ経由でこうした商標を指定国に一括で出願したとしても、審査実務が複雑なため補正指示や拒絶を受ける可能性が高く、対応にも時間とコストがかかることが少なくありません。
さらに、外国には、以下のような日本には存在しない制度もあります。
シリーズ商標制度(制度採用国:英国、オーストラリア、シンガポール、インド、マレーシア など)
→たとえば「ABC」「ABC light」「ABC pro」のように、商標の核となる部分(識別力を有する部分)が共通する複数のバリエーションの商標(モノクロとカラーの違いや、書体の違いなども)を、一出願に含めて出願できる制度です。
日本の商標出願登録を基礎にマドプロ出願する場合では、シリーズ商標制度を利用できないため、直接出願で進める必要があります。
証明商標制度(制度採用国:米国、英国、欧州連合、シンガポール、インド、韓国 など)
→ 商品やサービスの品質、産地、製造方法などの特性が、特定の基準を満たしていることを証明するための商標制度です。
出願には詳細な証明規則の提出が求められたり、出願人の適格も判断されることがあり、制度の趣旨や要件が国によって異なるため、マドプロ経由では適切に対応できないことが多く、現地の制度に即した直接出願が推奨されます。
香り(におい)の商標制度(制度採用国:米国、カナダ、英国、韓国、シンガポール、オーストラリア など)
→ 商品・役務に係る特定の香りやにおいを商標として保護できる制度であり、まだ日本では設けられておりません。出願の際には香りの客観的な識別性や恒常的な再現性を厳密に証明する必要があり、登録には極めて高い立証ハードルが課されることが多いです。
そもそも日本に存在しない登録制度であるため、マドプロ出願を使用することはできませんが、香り商標の登録には特殊な要件が求められるため、実務経験のある現地代理人を通じた直接出願が不可欠となります。
ディスクレーム制度(制度採用国:米国、欧州連合、中国、タイ、インド、シンガポール など)
→「ディスクレーム制度(ディスクレーマー制度)」とは、商標の一部に識別力のない要素(商品の一般名称など)が含まれている場合、その識別力のない要素に対して独占的な権利を主張しないという権利の不要求を宣言する制度です。例えば、商品「紅茶」に対して商標「ABC TEA」の場合、「TEA」は紅茶についての一般名称であることから識別力を有していないと考えられるため、当該部分がディスクレームの対象となります。
ディスクレーム制度を採用している国(特に米国など)では、必要なディスクレームをしないと拒絶理由(Office Action)が通知され、識別力がない要素に権利を要求しない宣言が求められることになります。
実務上、ケースによっては、あえて出願時点でディスクレームをせず、審査過程で必要に応じて対応するという選択肢がとられることもあります。
一方で、審査の円滑化を重視する場合には、あらかじめディスクレームを主張する方が適しているケースもあります。マドプロ出願においても願書(MM2)でディスクレームの主張をすることは可能ですが、この場合は全指定国に一括で適用されてしまうため、国ごとの実務や戦略に応じて柔軟に対応したい場合には、直接出願が望ましいといえるでしょう。
これらの制度は、マドプロを通じては利用できないか、利用することはできても制限されることが多いため、国ごとに個別的な対応をとる必要がある場合には、そもそもマドプロ出願という選択肢が除外されることが多いです。
このような場合には、特許事務所や代理人の専門的な助言を受けながら、制度を活用した戦略的な直接出願を行う方が、実態に即した商標保護を実現しやすいといえるでしょう。
(5)日本で使用しない商標(外国専用ブランド)を出願する場合
マドプロ出願の基礎となる日本出願登録は、国際登録から5年間は、基礎登録が日本国内において使用していないことを理由に取消審判を受けた場合など商標権が取消し又は無効、消滅した場合、外国の登録も連動して失効するリスク(セントラルアタック)があります。
たとえば、「外国でのみ使用するブランド」の場合、日本では実際に使用していないことになり、不使用取消審判で日本の登録が取り消されるリスクが高まります。
このとき、マドプロを通じたすべての外国出願にも影響が及びかねません。
こうした場合には、リスク分散の観点からも直接出願が推奨されます。
【まとめ】商標戦略は“制度”ではなく“実態”に合わせて選ぶ
マドプロは確かに便利な制度ですが、国ごとに出願内容をカスタムしたり、最適化させたりすることには向いていない場合があるので、「制度のメリットありき」で出願手段を決めることには注意が必要です。
商標の使用実態、対象国の制度、ビジネスの戦略──
これらに即して、マドプロで足りるのか、それとも直接出願が望ましいのかを冷静に見極めることが、国際的なブランド戦略には不可欠です。
どちらのルートを採るにしても、各国の制度運用やリスクをふまえたうえで出願方針を組み立てることが、後々のトラブルやコスト増大を防ぐ第一歩になります。
特に、複数国での展開を視野に入れている場合や、実務に不安がある場合には、商標出願の初期段階から経験豊富な日本の特許事務所に相談することを強くおすすめします。