「海外でも使いたい」そのとき、商標はどうする?

「ブランドを海外にも広げていきたい」「販路をアジアや欧米に拡大したい」
企業の成長戦略の中で、こうした声が聞かれることは珍しくありません。
しかし、意外と見落とされがちなのが「海外での商標保護」の問題です。
日本ではしっかりと商標登録を済ませていても、それが他国での権利保護には直接つながらないことをご存じでしょうか?

たとえ日本で商標登録していても、海外で商標を保護できていなければ、その国では自社のブランドを使えなくなる可能性があります。
実際、こうした問題は身近な企業にも起きています。

  • 中国で商標を先取りされ、現地販売ができなくなった
  • 他人に登録され、使用の差止請求を受けた
  • 現地での商標交渉に高額な費用がかかった

といった事例は少なくありません。

こうしたリスクを回避するには、日本だけでなく、事業展開を見据えた国々でも商標をきちんと保護しておくことが不可欠です。

本記事では、外国で商標出願等を行う際の基本的な注意点や制度の違いについて、企業担当者や中小スタートアップの経営者が知っておくべきポイントを整理します。

※YouTubeの動画もあわせてご視聴ください。

国際商標出願の基本 ― マドプロとは?

海外での商標保護を効率的に行うための代表的な制度が、マドリッド協定議定書に基づく出願(通称:マドプロ出願)です。

マドプロは、WIPO(世界知的所有権機関)を通じて、一度の出願手続で複数国への商標出願が可能となる国際制度です。日本もこの制度の加盟国であり、出願・更新・管理を一元化できるため、企業が海外進出に際して商標戦略を立てるうえで、実務上の基本的な選択肢となっています。
対象国にはアメリカ、EU、中国、韓国、シンガポール、タイなど、主要なビジネス市場のほとんどが含まれており、多くの企業がこの制度を活用して海外での権利保護を図っています。

なお、台湾や香港、マカオなどの一部の国はマドプロ制度に加盟していないためマドプロ出願をすることができません。マドプロに加盟していない国については、その国や地域の官庁に直接に出願をする必要がありますので、注意が必要です。

また、マドプロ出願を行うには、日本での商標出願(または登録)を基礎とする必要があります。
つまり、日本での商標出願をしていない状態では、マドプロによる国際出願を行うことはできません。
マドプロ出願の内容は基礎出願・基礎登録と同一の範囲内にあることが求められるため、日本での基礎出願のタイミングや出願内容もマドプロ出願を想定して慎重に検討しておく必要があります。

マドプロ出願や外国出願については、以下の記事でも詳しく解説しておりますので、こちらも参照してみてください。

◆【弁理士が解説】海外での商標権の取得について

国際商標出願の注意点 ― 国によって異なる制度

マドプロ出願を行う際は、出願時にどの国で保護を求めるかを指定することになり、各指定した国ごとに、自国の制度に応じて拒絶の理由がないかなどが個別に審査されます。
指定国の審査において拒絶の理由が発見された場合には、その旨が通知され、一定期間内に補正や主張などの応答手続きを行う必要があります。

そのため、日本で商標登録ができていても、必ず海外でもスムーズに登録ができるとは限りません。
国ごとに商標制度が異なるため、注意すべき点も多岐にわたります。
以下では、指定されることが多い主要国における、代表的な制度の違いをご紹介します。

中国:出願件数が多く、審査に通りづらい

中国は商標の出願件数がとても多いことで有名です。
実際に、2022年の出願件数で比べると、日本は約18.4万件の出願であったのに対し、中国では617.7万件もの膨大な数の商標が出願されています。
このことから、中国では、商標出願をしても、その商標と同一又は類似の商標が登録されている確率が高く、スムーズに登録に至るケースはあまり多くありません。

また、中国の審査では、日本のように拒絶の理由が発見された場合に、一度拒絶理由通知を発送して、一定期間の間に補正や意見書提出の機会を与える制度はありません。
拒絶の理由が発見された段階で、応答の機会を与えらずに拒絶の査定が通知されることとなります。
中国での拒絶査定に対して反論や不服がある場合には、拒絶査定に対する不服審判を請求して対応する必要があります。

さらに、拒絶査定から不服審判の請求までは、マドプロ出願の場合で30日以内と限られた期限内に対応する必要があるため、この対応可能な期間とそれにかかる費用にも注意をしておく必要があります。

米国:使用主義に基づく要件

米国では「使用主義(Principle of Use)」を採用しています。
つまり、出願だけでは商標権は確立せず、「実際にその商標を使用していること」が登録や維持の前提になります。

マドプロ出願を行う際には、米国で使用する意思があることの宣誓でも出願は可能ですが、登録になってから5年~6年の間と登録後10年毎のタイミングで、米国において商標を使用している事実を証明する使用宣誓書(Statement of Use)と使用見本(Specimen)の提出が求められます。

形式的に登録しても、使っていなければ取り消されるリスクがあるため、米国では出願タイミングだけでなく、使用開始時期とのバランスが重要です。
また、将来の使用事実の証明を見据えて、マドプロ出願の段階から、米国の指定商品・指定役務の使用が証明できるものに限定しておくことも重要です。

欧州連合(EUIPO):異議申し立てに要注意

EU(欧州連合)では、EUIPOを通じて「欧州連合商標(EUTM)」として一括登録する制度があります。EUTMとして登録を受けることにより、EU加盟国全体で商標を保護することができます。

ここで注意することは、欧州連合を指定して登録を受けても、EU非加盟の国では保護の効力は及びません。例えば、イギリスやスイス、トルコ、ノルウェー、ウクライナなどの一部の国はEUに加盟していないため、これらの国で商標の保護が必要な場合には、欧州連合とは別に指定する必要があります。

また、欧州連合の商標制度は、比較的審査が緩やかといえるでしょう。
欧州連合の商標制度の特徴としては、他の多くの国とは異なり、出願した商標が既に出願又は登録されている商標と類似するか否か(他人の登録商標との相対的事由)は拒絶理由とはなりません。
拒絶理由に係る審査の対象となるのは、識別力や指定商品・役務の表現などの絶対的拒絶理由のみです。

この審査に通過した出願は公告(出願公表)されることになり、一定期間中、この出願に対する異議申し立てを受け付ける制度となっています。
具体的には、この公告された出願商標と類似・混同する商標をEU加盟国内で先に登録している人が、この出願が登録になるのを阻止するために異議を申し立てるということになります。

異議申し立てを受けた場合には、先行権利者と交渉を行い権利範囲や指定商品・指定役務の調整を行って、平和的な解決を図ることが一般的です。

ただし、異議申し立てを受けて、最終的に交渉が決裂してしまった場合に、先行権利者の申立てが正式に受理されてしまうと、欧州連合商標(EUTM)の全てが拒絶・無効となってしまうため、第三者とのトラブルを避けるためには、出願前にしっかりと調査(サーチ)をしておくことが好ましいでしょう。

出願国・タイミングの考え方 ― 自社にとっての“最適”を見極める

国際商標出願では、どの国に・いつ出願するかが重要な判断ポイントになります。
マドプロ制度を利用すれば、一度の手続きで複数国へ出願することが可能ですが、出願対象国を闇雲に増やすことは、コスト面・管理面での負担にもつながります。

そのため、次のような観点から自社にとって本当に必要な国だけを選定する戦略性が求められます。

  • すでに商品やサービスを提供している国
  • 今後の進出を見据えている地域
  • 模倣・海賊版のリスクが高い国(中国、東南アジアなど)
  • パートナー企業・ライセンス契約が存在する市場

また、出願のタイミングにも注意が必要です。
日本で商標出願した後、6か月以内に他国へ出願を行えば「優先権」が認められ、日本での出願日が他国にも適用されます。
これにより、商標情報が公開されたあとに他人に出願される「先取りリスク」から自社の商標を守ることができます。

国際出願を成功させる第一歩は、いきなり出願することではなく、「どの国に、いつ、なぜ出すのか?」というプランを立てることです。

これは経営計画や海外戦略と密接に関わるため、社内のマーケティング・法務・経営層との連携も重要になります。
「少し先の将来に、海外展開があり得るかもしれない」そんな段階でも、事前に方針を立てておくことで、商標に関するトラブルやコストの増大を未然に防ぐことができます。

【まとめ】国際商標は“攻め”と“守り”の両面で重要

商標は単なる「名前」ではなく、企業のブランドを象徴し、信用を裏付ける重要な資産です。
海外展開を考える企業にとって、商標の国際的な保護体制は、競争優位を築くための“攻め”の手段であり、同時に、模倣やトラブルから自社を守る“防御”の盾にもなります。

海外に目を向けた瞬間から、商標戦略もグローバル視点で考える必要があります。
「まだそこまでの規模ではないから」と躊躇せず、将来を見据えた知財戦略の一環として国際商標を取り入れてみてはいかがでしょうか。

各国制度の違いや出願方法の選択などに不安がある場合には、日本国内の商標出願の段階から経験豊富な特許事務所に相談することで、より確実で効果的な商標戦略を立てることができるでしょう。