こんにちは、みなとみらい特許事務所、弁理士の村松です。

日本で特許権、実用新案権、意匠権、商標権などの権利を取得していても、
その権利は海外では有効ではありません。

海外でビジネスを進める場合は、
その国において、知的財産権を取得する必要があります。

権利を取得せず海外でビジネスを進めた場合、以下のようなリスクが考えられます。
・より安いコストで同じ物を製造する現地メーカーが現れてシェアを奪われてしまう
・製造、販売をしようとしている国で、同じ発明について現地企業が権利化してしまい、その国でのビジネスができなくなってしまう

そこで、本記事では、
海外での特許、実用新案、意匠、商標、著作権の権利化の方法について説明いたします。

特許・実用新案、意匠、商標、著作権の海外への出願や権利化の方法とは?

<特許・実用新案>
海外で特許権、実用新案権を取得しようとする場合、
パリルートPCTルートの2つの方法があります。

 

①各国に直接出願(パリルート)
まず、権利化したい国に直接出願する方法があります。

ここでは、
まず日本で出願し、その後に海外にも出願する場合について紹介いたします。

この場合、外国への出願の際にパリ条約で規定された「優先権」を主張することで、
日本での基礎出願の後に行われた行為(発明の公開や他者の出願など)による不利益を受けないようにすることができます。

この「優先権」を主張できる期限は、日本での基礎出願から12カ月です。

パリルートでは、
日本での出願日から12カ月以内にその国が指定する言語で、各国の特許庁に出願する必要があります。

この方法は、出願国が少ない場合に使われることが多いです。

各国が指定する言語・様式での手続きが必要になるため、出願国が多いと手続きの費用がかさんでしまうというデメリットがあります。

 

②PCTルート
出願国が多い場合には、特許協力条約(PCT)に基づく国際出願を利用する方法がよく使われます。

PCTに基づく国際出願をすると、
一つの願書を提出するだけですべてのPCT加盟国に出願したのと同じ効果が得られます。

日本語で作成した願書を日本の特許庁に提出すればよいため、パリルートより手続きが簡素になります。

PCTに基づく国際出願では、
日本での基礎出願から12カ月以内に国際出願をすることができます。
(日本で基礎出願をせずに、はじめから国際出願をすることも可能です。)

PCTに基づく国際出願では、
基礎出願から30カ月以内に権利化をする国を決定し、その国が指定する言語の翻訳文を提出します(国内移行手続き)。

パリルートでは基礎出願から12カ月以内に出願する国を決定し、
その国が指定する言語の翻訳文を提出しなければならないことと比較すると、PCTルートの場合はじっくりと時間をかけて準備を進めることができる点にメリットがあります。

また、「国際調査」によって、
「国際調査報告」「国際調査機関の見解書」を入手できます。
さらに、「国際予備調査請求」をすることによって、さらなる調査をしてもらうこともできます。

これらの調査結果を踏まえて出願国を選定したり、国内移行手続きの前にクレームを補正したりすることもできます。

 

~弁理士コラム~
特許権は国ごとに独立した権利であり、
いわゆる「世界特許」のようなものはありません。
国際出願は、出願手続きをまとめて行うことができるだけで、審査は国ごとに行われます。
したがって、A国では特許権が取得できたけど、B国では拒絶される、ということもあり得ます。

 

<意匠>
海外で意匠権を取得しようとする場合、パリルートとハーグ協定に基づく国際出願の2つの方法があります。

 

①各国に直接出願(パリルート)
特許権のパリルートと同様に、日本の出願について優先権を主張して各国に直接出願する方法です。

意匠権の優先権の主張の期限は6カ月なので、日本での出願日から6カ月以内にその国が指定する言語で、各国の特許庁に出願する必要があります。

出願国が少ない場合に使われることが多い方法です。

各国が指定する言語・様式での手続きが必要になるため、出願国が多いと手続きの費用がかさんでしまうというデメリットがあります。

 

②ハーグ協定に基づく国際出願
意匠でも、出願国が多い場合には国際出願でまとめて出願することができます。

ハーグ協定に基づく国際出願では、日本での基礎出願から6カ月以内に国を指定して国際出願をすることができます。
(日本で基礎出願をせずに、はじめから国際出願をすることも可能です。)

パリルートでは各国が指定する言語・様式での手続きが必要であるのに対し、国際出願では一つの願書でまとめて英語で出願することができます。

また、ハーグ協定に基づく国際出願をした場合は、
各国の官庁は国際公表から6か月又は12カ月以内に拒絶又は登録の通知をしなければならないことが定められているため、各国の登録の可否が分かる時期が明確です。

 

<商標>
海外で商標権を取得しようとする場合、パリルートマドプロ出願の2つの方法があります。

 

①各国に直接出願(パリルート)
特許、意匠のパリルートと同様に、日本の出願について優先権を主張して各国に直接出願する方法です。

日本での出願日から6カ月以内にその国が指定する言語で、各国の特許庁に出願する必要があります

出願国が少ない場合に使われることが多い方法です。

各国が指定する言語・様式での手続きが必要になるため、出願国が多いと手続きの費用がかさんでしまうというデメリットがあります。

 

②マドプロ出願
日本での登録又は出願に基づいて海外で登録する方法です。

日本での基礎出願から6カ月以内に国を指定して国際出願をすることができます。

パリルートでは各国が指定する言語・様式での手続きが必要であるのに対し、国際出願では一つの願書でまとめて英語で出願することができます。

なお、特許、実用新案、意匠の国際出願では基礎出願は必須ではありませんが、マドプロ出願では基礎出願が必須です。

また、マドプロ出願では、事後指定手続きを行うことにより、国際登録出願時に指定しなかった国にも保護を拡張することができます。

 

※セントラルアタック・・・
マドプロ出願においては、
基礎出願又は基礎登録が国際登録日から5年を経過する前に拒絶、無効等になった場合は、国際登録も取消となります。
その場合の救済措置として、各指定国において、国際登録を国内出願へ変更することができます。

 

<著作権>
日本において、著作権は無登録で発生します。
特許、実用新案、意匠、商標とは異なり、手続きなどは必要ありません。

また海外においても、
著作権は、「ベルヌ条約」「万国著作権条約」「実演家等保護条約」「レコード保護条約」などによって相互に保護されています。

 

著作権登録制度
しかし、著作権関係の法律事実を公示したり、著作権が移転した場合の取引の安全を確保したりするために、著作権登録をすることもできます。

この著作権登録によって発生する権利は国ごとに独立しており、登録できる内容も国によって異なります。

各国の著作権登録制度について、以下の表に示します。

どの国で取得するのが良いのか?

できるだけ多くの国で権利取得ができれば、
当初の計画に無かった国にビジネス進出する場合などのイレギュラーなケースにも対応できる可能性が高まるため安心です。

しかし、多くの国に出願を行おうとすると、
それに応じて手間もコストも増えることになり、ビジネスで得られる利益を海外での特許取得にかかるコストが上回ってしまう、という本末転倒なことになりかねません。

したがって、実際には権利取得を目指す国を厳選する必要があります。

権利取得をすべき国の選定にはビジネス視点が欠かせません。
一般的には、以下に挙げるような国が権利取得国の候補となります。

 

①消費国
特許発明に関する製品が消費される国においては、
権利取得をすべき優先順位が高いといえるでしょう。

製品市場が大きいほど、特許技術の模倣品が出回る可能性が高まるため、権利保護の必要性もそれに応じて大きくなります。

消費国において権利を取得することで、
特許製品の自社販売を行う場合にはその自社製品の保護につながる一方、その国で自社販売をしない場合であっても、ライセンス収入を得ることができる可能性があります。

 

②製造国
侵害品の製造拠点となることが想定される国において権利を取得しておくことで、侵害の発生源を直接おさえることができます。

 

③ライバルのいる国
自社とライバル関係にある外国企業は、自社製品と似ている製品を開発する可能性があります。

ライバルの技術開発に制約をかけるために、ライバル企業の開発拠点となっている国において権利取得することが考えられます。

海外での知的財産権取得にまつわる特殊事情

知的財産法分野は、国際調和が進んでいる領域ではあります。

しかし、具体的な制度はそれぞれの国の法律によって規定されているため、当然に国ごとに異なるルールが存在します。

海外で知的財産権を取得するにあたって注意すべき点をいくつか紹介します。

 

①新規性喪失の例外規定
特許出願前に公開された発明は、新規性が無いものとして特許を受けることができません。
したがって、公開前に特許出願するのが大原則となります。

しかし、発明が他人により無断で公表されたり、学会発表や展覧会などで発明者自身による発明の公開が不可避となったりするような状況が起こりえます。

このような場合に、原則を厳格に適用し過ぎると出願人に酷であるため、発明の公開日から一定の猶予期間(グレースピリオド)を設けて、一定限度のもと救済を図る制度が各国に設けられています。

日本では特許法30条に「新規性喪失の例外の規定」が設けられており、所定要件を満たす公開発明の救済が図られています。

この所定要件(起算日、猶予期間、対象となる公開行為など)は各国で異なるため、各国ごとのルールを十分に理解しておく必要があります。

以下の表に主要国における新規性喪失の例外規定の要件などをまとめます。

 

②欧州は一括して審査を受けることができる
基本的に、特許出願は各国の特許庁により審査されます。

しかし、欧州には欧州特許庁(EPO)が設置されており、欧州特許条約(EPC)に加盟している国への特許出願を一括して審査する体制が整備されています。

そのため、まず欧州特許庁で一括して審査を受け、
その後、権利化を希望する国での有効化手続きによって、個別の国における特許権を成立させる手続きフローをとることができ、煩雑な審査手続きを一本化できるというメリットを享受することができます。(もちろん欧州特許庁を介さずに、欧州各国に直接出願することも可能です。)

 

③欧州において意匠は無審査、商標は類似の審査はなしで登録できる
日本においては意匠登録を受けるためには、
意匠の新規性や創作非容易性などの、実体的な登録要件を満たすか否か、特許庁における審査を受ける必要があります。

また、日本においては商標登録を受けるためには、他人の先行登録商標との同一又は類似でない必要があるため、特許庁によって商標の類似性が審査されます。

しかし、欧州の意匠登録制度・商標登録制度においては、日本では審査対象となる項目が審査されずに登録されます。

まず、欧州諸国での意匠権の取得を目指す場合は、
各国に個別に出願する方法の他、欧州共同体意匠制度を利用する方法があります。

欧州共同体意匠制度には「登録共同体意匠」「無登録共同体意匠」の2つの制度があり、登録によって排他的な権利を取得する制度は前者となります。

登録共同体意匠制度欧州連合知的財産庁(EUIPO)への1つの出願により、EU加盟国全体をカバーする意匠権の取得が可能な制度です。

当該制度においては、方式審査の他、出願意匠が保護を受ける意匠の定義に合致しているか否か、そして公序良俗に反していないかのみ審査がされ、日本のように新規性・創作非容易性などの実体要件は審査されずに登録されます。

また、欧州諸国での商標登録も、各国に個別に出願する方法の他、欧州連合商標(EUTM)欧州連合知的財産庁(EUIPO)に出願する方法があります。

EUTMを登録すると、欧州連合(EU)の全域で商標を保護することができます。

欧州連合知的財産庁においては、方式審査の他、商標の識別力や誤認惹起性などの「絶対的拒絶理由」は審査されますが、他人の商標との類似性(相対的拒絶理由)は審査されません。

相対的拒絶理由は、異議が申し立てられた場合にのみ審査されます。

 

④中国において意匠は無審査で登録できる
中国においても意匠は、新規性や創作非容易性などの実体的な要件は審査されずに登録を受けることができます。

これら実体的な要件は登録後の無効請求により対応されることとなっています。

 

⑤台湾はPCT、マドプロに加盟していない
日本に身近な国の一つである台湾は、特許協力条約(PCT)にもマドリッド協定議定書にも加盟していません。そのため、台湾への特許出願、商標登録出願に際してはPCTルートやマドプロルートを採用することができません。

台湾での特許権、商標権の取得を目指す場合には、台湾に直接出願をする必要があるため留意が必要です。

 

⑥ソフトウェア関連発明
ソフトウェア関連発明は、各国での取り扱いの差が特に大きいため注意が必要です。

日本では、ソフトウェア関連発明について、「装置」「方法」の他、「プログラム」「記録媒体」の発明も特許取得可能です。

一つの発明を「装置」、「方法」、「プログラム」、「記録媒体」などとして多面的にとらえ、これらを一つの出願で保護する戦略をとることが可能です。

しかし、例えば米国において「プログラム」は、特許法上の保護対象として定められている「方法」、「装置」、「製造物」、「組成物」のいずれにも該当しないため、特許の対象とはなりえないとされています。
ただし、プログラムを記録したコンピュータの読み取りが可能な「記録媒体」の発明については、特許の対象となります。

中国も、米国と同様に、「方法」、「装置」の発明は保護対象となりえますが、「プログラム」の発明は認められていません。

ただし、「記録媒体」の発明は特許の対象となりえます。

欧州特許の場合、「プログラム」発明は、そのプログラムに技術的な性質が認められる場合に限り特許の対象となり得ます。
「記録媒体」についての発明も、同様に技術的な性質が認められる場合に特許の対象となります。

 

⑦医薬発明
医薬品は各国の特許制度上、特許の対象となりえます。

しかし、既存の医薬品について新たな別の用途を見出したことに基づく発明(第2医薬用途発明)の取り扱いについては、各国間の差異が大きいため注意が必要になります。

例えば、ある化合物Xについて疾患Yの治療用途を新たに見出したケースについて考えます。
このようなケースにおいて各国で認められるクレーム形式を例示します。

日本:化合物Xを有効成分として含む、疾患Y治療剤。
米国:化合物Xを投与することを含む、疾患Yの治療方法。
欧州:疾患Yの治療に用いるための化合物X。
中国:疾患Yの治療薬の製造のための化合物Xの使用。

 

⑧費用の相場
<特許>
出願から権利化までにかかる費用は、
欧州については150万円~300万円
米国を含むその他の国では80万円~200万円程度が相場です。

<意匠>
各国に個別に出願する場合、
出願から権利化までにかかる費用は、1国当たり20~40万円程度が相場です。

<商標>
各国に個別に出願する場合、
1区分の商標について出願から権利化までにかかる費用は、1国当たり15~30万円程度が相場です。

 

⑨実際の進め方(事業の進捗度合いを踏まえたモデルケース)
<特許>

①日本国内に特許出願
②日本出願から1年以内にPCT出願
③日本出願の日から30か月後、各国へ移行
約1~3年後に各国にて権利化

<商標>
①日本での商標出願または商標登録
②日本国特許庁に対してマドプロ出願
③方式審査を経て国際登録
④マドプロ出願から6か月~1.5年後に各国にて権利発生

<意匠>
①日本で意匠登録出願
②日本出願を基礎に6か月以内にハーグ協定に基づく国際登録出願
③方式審査を経て国際登録
④国際登録から6か月後に国際公表
⑤国際公表から6か月又は12か月以内に指定国において権利発生

 

記事執筆者
みなとみらい特許事務所
弁理士 村松 大輔