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意匠制度では、特許庁の審査を経て登録に至った場合、意匠公報によって公開されることになります。
公開さたデザインは意匠権によって守られるため、第三者による模倣に対しては強く権利を主張することができますが、企業の経営戦略面からすれば「どのようなデザインを意匠登録したのか?」を競合他社などに知られないほうが良い場合もあるでしょう。
この「公開」と「秘密」の希望のジレンマを解消するのが『秘密意匠登録』です。
秘密意匠制度の概要と歴史
秘密意匠制度とは、意匠法第14条の規定に則り、登録に至った意匠について3年間を期限として秘密にすることができる制度です。
実は、秘密意匠制度は明治42年から存在していましたが、最近になって大幅な整備が加わりました。
秘密意匠制度が整備された理由は、近年の意匠権の早期権利化にあります。
以前は、意匠の登録出願から権利化されて意匠公報で公示されるまでに相当な期間を要していたため、意匠を利用した商品が先に発売されてから公示されていました。
ところが、平成10年に導入された意匠早期審査・早期審理制度や、平成12年に導入されたオンライン出願の浸透に伴い、商品の発売に先立って意匠公報による公示に至るケースが多くなったのです。
インターネットの普及によって意匠公報が容易に閲覧できるようになった現在の環境では、意匠を出願・登録した企業が戦略的に商品広告を打ち出すための大きな障害となっていました。
旧来の秘密意匠制度では、制度利用の条件として「意匠登録を出願する際に秘密意匠の請求をおこなう」というルールが定められていたため、予想外に登録が早く商品の発売が間に合わないなどの事態には対応できませんでした。
そこで、平成18年の改正によって、出願時に加えて「登録時に第1年分の登録料を納付すること」で秘密意匠の請求が可能となったのです。
秘密意匠制度が有効な分野とは?
秘密意匠制度が有効に働く分野といえば、やはりデザインが購買意欲を決める分野になるでしょう。
たとえば自動車業界は、各自動車メーカーが独自に開発したデザインの車が次々とリリースされます。
ユーザーは「次はどんなデザインの車が発売されるのか?」と期待しながらメーカーの発表を待ち、正式発表の日まで秘密を貫いてきた新車のデザインの斬新さに購買意欲をかき立てられるのです。
自動車業界のほか、証券用紙・パチンコ機器・包装用の容器や瓶・携帯電話やスマートフォン・エアコンや冷蔵庫などの家電製品・ゲーム機・芳香剤や脱臭剤・便器などの分野において有効に活用されている事例が多くなっています。
いずれの分野も、いわゆる「流行り廃り」の傾向が強い分野であり、メーカー側が新製品のデザインの発表を戦略的におこなうことで購買意欲を上下させる分野だと言えるでしょう。
秘密意匠制度の要件
秘密意匠制度を利用するためには、制度利用の請求をおこなう必要があります。
請求をおこなうタイミングは
① 意匠登録の出願時
② 登録時
のいずれかですが、②の場合は第1年分の登録料を納付する必要があります。
また、秘密意匠の請求に際しては出願人の氏名・名称と住所・所在地、秘密にする期間を記載した書面を提出する必要があります。
秘密にする期間は3年を上限に設定することが可能で、期間中に延長・短縮を請求することも可能です。
たとえば、想定していたよりも早く製品化ができれば期間の短縮を請求することもあり得るでしょう。
秘密意匠制度のメリット・デメリット
秘密意匠制度のメリットは、意匠登録と製品の販売のタイミングに差が生じた場合に、デザインの斬新さを守ることができるという点に尽きるでしょう。
デザインの斬新さが消費者の購買意欲を強く刺激するのだから、秘密意匠によって得られる利益は大きいものになります。
一方のデメリットですが、最大のデメリットは『過失推定』が適用されないことでしょう。
通常、第三者に意匠を模倣された場合は、公報に掲載されていることを理由に「侵害行為に過失があった」とみなすことになり、損害賠償を請求することができます。
ところが、秘密意匠の場合は公報に掲載されていないため、たとえ調査を尽くしたとしても意匠の詳細を知ることはできません。
過失推定が適用されないため、たとえば偶然にも第三者が完全に同一の意匠を使用していたとしても、所定の警告をおこなわない限り差止請求をおこなうことができなくなります。
損害賠償についても、第三者が意匠の存在を知っていて故意に侵害したことを原告が証明する必要があるため、非常に難しい訴訟となることは必至です。
また、秘密意匠制度といえども完全に秘密に徹することができるわけではないという点も無視できません。
意匠権者の了承を得た場合のほか、その秘密意匠と同一または類似した意匠を出願した第三者が生じた場合には、審査・審判・再審・訴訟の当事者や参加者の請求によって開示されることがあります。
秘密意匠制度は企業戦略の面でみればメリットが目立ちますが、デメリットも大きいため、むやみに利用するべきではないでしょう。
秘密意匠制度の請求に際しては、必ず事前に弁理士に相談してアドバイスを求めて、本当に秘密意匠制度を利用するのがベストなのかの検討を尽くすようにしましょう。